夏目漱石『草枕』あらすじ感想 最後の場面はこう読んだ!

その他日本人作家

みなさんこんにちは!2019年ももう残り僅かです。いかがおすごしでしょうか。

さて、今回扱うのはこちら!

夏目漱石『草枕』です!!!!!!!

『吾輩は猫である』『坊ちゃん』に続く漱石の小説ですね。智に働けばなんとやらという冒頭部分がとっても有名な作品です。

ひとことでいうと、人の世に飽いた30歳の絵かきが山を越えて温泉町へいき、「非人情」の生活をしたいようという物語。

物語自体は頻繁に事件が起こるわけでもなく、そう起伏に富んでいるわけではありませんが、とにかく自分が絵を眺めているかのように思われるほど豊かな情景描写にも注目です。

それでは早速参りましょう!

『草枕』あらすじ

30歳の絵かきである主人公は、温泉地へ向かって春の山路を進みます。

お金だとか恋だとか、人間の世にあるものはうれしさと同時に悲しさも持っている。それに飽いた彼は、「非人情」の世界である自然を欲し、この旅に出たのでした。

たくさんの「詩とは何か」「絵画の役割とは何か」といった議論が山道を行く男の脳内でなされるのでお確かめください。

温泉宿につくと、元旦那のもとから戻ってきたという那美と出会います。彼女に翻弄される主人公。そしてある日、那美は「自分が池に身を投げて死んでいる姿を絵に描いてくれ」と主人公に頼むのです。

描こうとするものの、なかなか想像がつかない主人公。那美の顔には、何か大切なものが足りないように思われるのです。果たして物語はどう転がっていくのか…

ご自身の目で確かめておくんなせえ。

『草枕』感想、考察

最後のシーンは何を意味するのか

ここでは、読んでいるという前提でお話します。

この作品で小生が考えたのは、最後のシーンの持つ意味です。

冒頭から主人公は、「非人情」の世界を求めて旅に出たと語ります。そして、人情に伴う悲しみを超越し、住みにくいこの世界を少しでも楽しいものにするのが詩や絵画であるといいます。

さらに、出会った那美のふるまいをみて常時芝居的だと感じ、彼女を「非人情」と評価し、彼女自身もそれを笑って受け入れます。

しかし、です。

最後のシーン、これと矛盾していませんか…?

主人公が那美に求めていた「憐れ」の表情が生まれたのは、山の中でも芝居の中でもなく、愛した男との別れという場面でした。しかも、その停車場はひと気の多い町にあります。

つまり、主人公が思い描いていた「長しえに落ちる椿と長しえに浮かぶ女」にぴったりの「憐れ」を那美の顔に浮かばせたのは現実世界、つまり「人情」の世界なのです。

人情にあふれた現実世界を抜け出して、非人情の世界である自然から詩や絵画を直接吸収しようとした主人公ですが、結局彼が描きたかったものを具体化させたのは人情の世界だった。

この矛盾を通して、住みにくいこの世界にのみ存在する「憐れ」を描いている。そういうことでしょうか…?

永遠である自然に対して、自らを滅ぼしあう人間。その場から動かずとも十分に生を全うできる「静」の自然に対して、動かねば生きていけず文明に振り回される「動」の人間。

この人間のもつ「憐れ」さが描かれているのではないか。そんなふうに読みました。

おわりに

いかがでしたか。

日本を代表する作家の夏目漱石の筆を存分に味わえるこの作品、ぜひみなさまの読み方を教えてください!

シェアやコメントお待ちしております!

それでは!

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